事務管理
「事務管理」
1 そもそも「事務管理」という規定が民法に存在することは、良く知られてはいないかもしれません。
「お節介でやった場合でも、やってはもらったので、せめて費用くらいは出してあげた方がいいのではないかな?」
ということが世の中にはたまにあります。
それが「事務管理」です。
2⑴ ここで事務管理の要件などを書き連ねるのも悪くはないのですが、それよりも重要なことは、事務管理が成立すれば「契約をしないで作業しても、その作業により利益を受けた人から費用がもらえる」ということです。
⑵ 本来、雇用なり委任なりの条件を定める契約をして、その契約条件に沿って作業なりをして、その作業の対価としてお金をもらうのが通常です(雇用契約、委任契約など)。
ところが事務管理の場合、通りすがりの人が、土地建物の所有者に断りなく、建物周りの土地修補等作業をしたとして、土地所有者に対して、その作業費用を請求できる「こともある」のです。
そもそも所有者に断りなく土地に立ち入る点で、下手をすれば建造物侵入罪で所有者から訴えられそうな話ではあります。
しかし例えば、とある地域の緊急事態(例えば地震)において、その現場に居合わせた「あなた」が、とある土地修補の手段を講ずれば、土地(建物)の崩壊(損害)を食い止められることが見込まれるとします。
だがその土地建物所有者と連絡が取れない場合、そこにいる「あなた」は、どうすべきなのか。
⑶ 「逃げ出しても誰も責めない。」
だって「あなた」に義務はないから。
地震直後だし、自分の身も危ういのだから仕方ない。
でも、そこで土地修補手段を講じることができたのに、講じなかったことは、たぶん忘れられない(こともあると思います)。
かといって「この緊急時に修補とか言って土地をいじったせいで、かえって土地崩壊が進むんじゃないか」、など迷う要因はたくさんあります。悩ましいところです。
3 弁護士として、このような事務管理が絡みそうな相談を受けた場合、どう対応すべきなのか。
⑴ そもそも、こういった問題に対しては
「その場合は見捨ててもしょうがない」
「そりゃ、助けなきゃ道義に悖る(もとる)んではないか」
という、道義的観点からの回答に終始してしまうことがあります。
事務管理には成立要件がきちんとあるので、弁護士としては、その要件に事実を当ては めて回答しなければいけないのですが・・・。
⑵ 上記のケースのように、事務管理の成否が問題になるケースは、結構な緊急事態に置 かれた人が、冷静な判断に基づく最良の手段を取りにくい状況で、迷いに迷ったうえで、結局修補しました、という場合が結構あります。
「その迷いを誰が責められようか、この緊急時に、よくぞ修補まで実行しましたね。」という場合は多いです。
しかし、修補により土地崩落が止まればよかったのですが、逆に土地崩落がひどくなってしまった場合、やはり、その修補をした人に損害賠償責任を求めるべきではないのか、という問題が生じます。
⑶ この場合、事務管理の要件を満たせば、かかる事務管理行為は原則として違法ではなくなります(違法性阻却といいます。)。
なのでその場合、仮に修補措置中、又は修補措置後、土地崩落が起きても損害賠償責任を負う必要はありません。
ただし、かかる土地崩落が、その管理者の不注意により生じたと認められる場合は、損害賠償責任を負う、という形になっています。
不注意をしない、という注意義務が観念される以上、現場での状況を明らかにすることがとても重要になります。
⑷ そこで弁護士としては、相談者の方から当時の状況を詳細に聴取し、現場を保存した証拠(動画、音声、写真など)があるかどうかを確認します。
緊急事態で、知らず知らずのうちにスマホの録画スイッチが入ることもあれば、逆に、速攻でスマホが壊れてしまうこともありますので、まさにこう言った緊急事態における現場保存証拠の確保は「運」に左右されると思います。
その上で、事務管理要件に該当するのかどうか、管理後の注意義務に違反していないかどうかのチェックをする流れになります。
そして、損害賠償なりを請求してきた土地所有者さんとの話し合いに際しては、証拠があれば証拠に基づいて、事務管理成立の可能性を訴えつつ、
「なんもしなかったよりマシだと思いませんか?」
といった本音を封印して、冷静な話し合いを進めることをアドバイスすることになると思います。
4 改めて、事務管理成立要件の詳細は、他の方に譲りますが、現代の
日本において、事務管理の成否を検討するのは、正直難しいです。
現代の価値観は多様化しており、そもそも「道義に基づく行為」な
んて言っても、今日では万人に認められる可能性は、それほど高くは
ないかもしれません。
また事務管理として取りうる手段にしても、手段選択における即席
の調査・確認方法がある程度整っている(すぐスマホ等で確認、調査)
ので、その場で選択した行為が、
「そりゃダメでしょ。その場で、スマホで調べれば絶対ダメってすぐわかるじゃん」
と言われる可能性も高くなってしまいます。
契約社会であればあるほど、契約外の事象を扱う、事務管理成立の
余地も少なくなるのだな、と思いました。
以上


